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菊池涼介選手の守備や年俸、メジャーの噂が気になる!

守備範囲が広く、ヒット性の当たりをアウトにしてしまうことも多いため、海外からの評価も高い菊池涼介選手。

今回はそんな菊池涼介選手について深堀りしていきたいと思います!

目次

菊池涼介選手のプロフィール

  • 名前 菊池 涼介
  • フリガナ キクチ リョウスケ
  • 生年月日 1990年3月11日
  • 出身地 東京都東大和市
  • 身長 171cm
  • 体重 71kg
  • ドラフト年 2011年
  • ドラフト順位 2位
  • 経歴 東大和市立第六小学校-東大和市立第三中学校-武蔵工業大学第二高等学校(現・東京都市大学塩尻高等学校)-中京学院大学-広島東洋カープ

菊池涼介選手は出身小学校が東大和市立第六小学校ですが、小学2年生のときに東大和市立第三小学校の野球チームにて、野球人生をスタートしています。

3年後の小学5年生のときには東大和市立第一小学校に移籍。

小学生にして移籍を経験することは親の転勤などを除くとなかなか珍しい体験ではないでしょうか!

そんな菊池涼介選手ですが、小学6年生のときには関東大会で優勝も経験していることがわかりました!

東大和市立第六小学校を卒業後、東大和市立第三中学校に進学した菊池涼介選手は、中学校の野球部ではなく、東大和リトルシニアに入部し、硬式野球を始めています。

東大和リトルシニアで3年間プレーした後、チームの先輩が通っていて、監督からも推薦を受け、長野県塩尻市にある武蔵工業大学第二高等学校(現・東京都市大学塩尻高等学校)に進学。

武蔵工業大学第二高等学校はプロ野球選手を複数選手輩出している高校です!

菊池涼介選手は1年生の秋からサードのレギュラーを勝ち取っています。

当時の菊池涼介選手の印象について、当時の監督は下記のように語っています。

「入学時には身長が160cm前後の細い子だったものの、ケガや体調不良などで休むことはなかった」「バッティングセンスや守備、送球などにミスがほとんどなく、素質に驚かされた」

体は小柄であったものの、野球センスと体の強さがあったのでしょうね!

そんな菊池涼介選手でしたが、高校3年間で甲子園出場の夢は叶いませんでした。

武蔵工業大学第二高等学校を卒業後は、岐阜県中津川市にある中京学院大学に進学した菊池涼介選手。

中京学院大学は歴代でプロ野球選手を2名輩出しており、現役では読売ジャイアンツで活躍している吉川尚輝選手も同じ中京学院大学出身です。

ですが、中京学院大学のグラウンドはあまりいいところではなく、野球部に入部したのはいいものの、当初は「草野球のような印象」「俺はここで野球をするのか」と思っていたのだとか。

そして、大学入学時は高校でも経験のあったサードを守っていた菊池涼介選手でしたが、監督から「ショートに転向してみてはどうか」という言葉を受け、ショートにポジションを変更しています。

1年生の秋からショートを守るようになった菊池涼介選手は、2年制の春には大学日本代表の先行合宿にも参加していました!

ショートに変更を提案した監督は菊池涼介選手について、「守備を重点的に取り組ませたら日に日に上手くなっていった」「身体能力が高く、のびのびと自由かつやりやすいようにプレーさせることが彼の能力を最大限に活かせた」とコメント。

中京学院大学が所属している東海地区大学野球連盟では、4年間でベストナインを5回獲得し、2年生のときには三冠王にも輝いています!

攻守ともに活躍していたことがわかりますね!

そんなかたわらで、大学時代は大学の近くのパチンコ屋でアルバイトも経験しています!

大学時代、目立った成績を残していた菊池涼介選手は、大学4年生のときに日本代表候補に選出されると、2011年10月27日に行われたドラフト会議にて広島東洋カープから2巡目で指名を受けます。

契約金7,000万円、年俸1,000万円で契約を結んだ菊池涼介選手は、2012年のルーキーイヤーは開幕戦こそ二軍スタートとなっていますが、俊足巧打であることが評価され、2012年6月に一軍に初昇格。

2012年6月30日に行われた対横浜DeNAベイスターズ戦にて代打で1軍デビューを果たします。

その後は当時セカンドのレギュラーだった東出輝裕選手の長期離脱を受けて、セカンドのレギュラーを自分のものにしています!

菊池涼介選手の初記録は?

菊池涼介選手の初記録については下記のとおりです!

  • 初出場、初打席 2012年6月30日 横浜DeNAベイスターズ戦 5回裏にブライアン・バリントン選手の代打で出場し藤井秀悟投手からセカンドフライ
  • 初スタメン 2012年7月1日 横浜DeNAベイスターズ戦 7番セカンド
  • 初ヒット 2012年7月1日 横浜DeNAベイスターズ戦 5回裏に山本省吾投手からライトオーバーのスリーベースヒット
  • 初打点 2012年7月3日 阪神タイガース戦 9回表に安部友裕選手の代打で出場し、榎田大樹投手からレフト前タイムリーヒット
  • 初盗塁 2012年7月3日 阪神タイガース戦 9回表に二盗(2塁走者の天谷宗一郎選手との重盗)
  • 初ホームラン 2012年8月21日 横浜DeNAベイスターズ戦 1回裏に三浦大輔投手からレフトにソロホームラン

上記のように、ルーキーイヤーにほとんどの初記録を達成しています!

菊池涼介選手の背番号は?

菊池涼介選手は入団当初から背番号「33」をつけてプレイしています。

2012年のドラフト2位で指名を受けた菊池涼介選手は広島東洋カープで同じ内野手として活躍した野村謙二郎元選手の「7」を希望していました。

しかし、球団から了承を得られなかったため、「33」をつけることになりました。

その後2012年のルーキーイヤーから活躍し続け、2015年のシーズンオフには球団から「33」から背番号変更の打診を受けていた菊池涼介選手。

ですが、2015年11月30日に行われたトークイベントにて菊池涼介選手は「僕は絶対変えません。地元が同じ江藤さん(江藤智元選手)のイメージがあり、もらったときから変えるつもりはありませんでした」「生涯33をつけ続けます」と明かしています!

江藤智元選手は現役時代、広島東洋カープの主砲として活躍し、その後FAで読売ジャイアンツ、西武ライオンズにてプレーしていました。

菊池涼介選手の実家は江藤智元選手の実家と近く、菊池涼介選手が子どものときには江藤智元選手にサインをもらいに行ったことがあるそうです!

また、菊池涼介選手は2015年以降には侍ジャパンに選出されることが多々ありますが、侍ジャパンでは「4」をつけています。

理由については菊池涼介選手から語られていないため、真相は不明ですが、菊池涼介選手が侍ジャパンに初選出されたときに同じ「33」をつけている東北楽天ゴールデンイーグルスの銀次選手も同時に選出されていました。

菊池涼介選手は先輩である銀次選手に「33」を譲り、空き番であった「4」をつけて以降、侍ジャパンでは「33」が空き番であっても「4」をつけて出場しています。

また、「4」を選択した理由については野球のポジション番号でセカンドを表すため、「4」を選んだという説もありますね!

菊池涼介選手の応援歌は?

菊池涼介選手の応援歌は下記の歌詞をご覧ください!

「【前奏:始まりの鐘が鳴る 広島伝説】光を追い越して メーター振りきり駆け抜けろ 止まらないぜ 韋駄天菊池」

菊池涼介選手はなんといっても守備が一級品ですが、俊足巧打の選手でもあります。

そのため、打席では上記のような韋駄天というフレーズが使われています!

また、前奏がある菊池涼介選手の応援歌ですが、前奏部分は先輩である廣瀬純元選手が使用されていた応援歌です。

菊池涼介選手がルーキーで一軍に初昇格した際、もみあげに特徴を持つ廣瀬純元選手が活躍していました。

当時チームメイトであった石井琢朗元選手から「お前はもみあげが濃いし、ひげともみあげがつながるんじゃない?」「チャーリー(廣瀬純元選手)みたいにしてこいよ!」といわれた菊池涼介選手。

そこから、菊池涼介選手はひげともみあげを伸ばし始め、もみあげの手入れの仕方を廣瀬純元選手から教わっていたそうです!(笑)

上記のように慕っていた廣瀬純元選手が2016年に引退を発表した際に、廣瀬純元選手に使用されていた応援歌の前奏部分を菊池涼介選手が継承しています。

菊池涼介選手の歴代登場曲は?

菊池涼介選手の歴代登場曲についてもまとめてみました!

  • 「Carlito (Who’s That Boy?)」Carlito
  • 「Games People Play」インナー・サークル
  • 「ゆずれない願い」田村直美
  • 「#33」Mebius
  • 「涼介」山本圭壱
  • 「ワッショイワッショイ」山本圭壱
  • 「Man In The Mirror」Michael Jackson
  • 「紅の忍者」山本圭壱

中でも「涼介」「ワッショイワッショイ」「紅の忍者」はお笑いコンビ「極楽とんぼ」の山本圭壱さんが歌唱しています!

また、「#33」のミュージックビデオでは菊池涼介選手本人が出演しています!

菊池涼介選手の契約金・年棒は?

2011年のドラフト2位で入団した菊池涼介選手の契約金は7,000万円でした!

年俸の推移については下記のとおりとなっています!

  • 2012年 1,000万円
  • 2013年 1,500万円
  • 2014年 3,900万円
  • 2015年 8,500万円
  • 2016年 8,500万円
  • 2017年 1億4,500万円
  • 2018年1億9,000万円
  • 2019年 2億4,000万円
  • 2020年 3億円
  • 2021年 3億円
  • 2022年 3億円

2014年には一軍の全試合に出場し、打率.325、188安打はリーグ2位を記録。

二塁打は39回とリーグトップを記録していることが評価され、翌年の2015年からは前年の年俸から2倍以上の8,500万円となっています!

2016年には141試合に出場し、最多安打と犠打数でリーグトップを記録。

リーグ優勝なども加味して年俸が2017年からは1億円を超えました!

2019年にはポスティングシステムによるメジャー挑戦を表明したものの、交渉がまとまらず、広島東洋カープに残留して、年俸が3億円プラス出来高の4年契約を結んでいます。

菊池涼介選手の同期は?

菊池涼介選手の同期にあたる2011年の広島東洋カープのドラフト指名選手を指名順に紹介します!

ドラフト1位

野村 祐輔(ノムラ ユウスケ)広陵高-明治大 177cm 86kg 右投げ右打ち

ドラフト2位

菊池 涼介(キクチ リョウスケ)武蔵工業大学第二高-中京学院大 171cm 71kg 右投げ右打ち

ドラフト3位

戸田 隆矢(トダ タカヤ)樟南高校 181cm 80kg 左投げ左打ち

ドラフト4位

土生 翔平(ハブ ショウヘイ)広陵高-早稲田大 180cm 87kg 右投げ左打ち

育成1位

富永 一(トミナガ ハジメ)鳴門高-徳島インディゴソックス 178cm 80kg 右投げ右打ち

育成2位

中村 真崇(ナカムラ マサタカ)東筑高-立命館大-JR東海-福岡レッドワーブラーズ-香川オリーブガイナーズ 183cm 91kg 右投げ右打ち

育成3位

塚田 晃平(ツカダ コウヘイ)早稲田実業高-早稲田大 190cm 95kg 右投げ右打ち

育成4位

三家 和真(ミケ カズマ)市立和歌山高校 180cm 83kg 右投げ両打ち

2012年のドラフトで指名された菊池涼介選手以外では、1位の野村祐輔投手こそタイトル獲得経験がありますが、それ以外の選手は2022年現在、育成選手または現役を引退していることがわかりました。

菊池涼介選手のドラフトの評価!

菊池涼介選手は主に東海地区を担当し、堂林翔太選手や九里亜蓮投手、西川龍馬選手なども担当していた松本有史(まつもと ともふみ)スカウトにより指名されました。

当時は北海道日本ハムファイターズのスカウトも菊池涼介選手を狙っていたそうです!

そんな菊池涼介選手は、171cmと小柄でありながらもスタンドまで運べるパンチ力があり、守備は「まるで忍者のような軽快な動きをするショート」として評価が高いことがわかりました!

また、捕球動作もスムーズでスローイングもプロ顔負けの正確さを持っていると他球団のスカウトからも評価されていました。

ドラフト会議前には中日ドラゴンズと埼玉西武ライオンズを除く10球団からの調査書の依頼があったといわれています!

菊池涼介選手の野球道具は?

2022年現在の菊池涼介選手が試合で使用している野球道具のメーカーを調べてみました!

  • サングラス オークリー
  • スパイク SSK
  • グローブ MIZUNO
  • バット MIZUNO
  • バッティンググローブ MIZUNO
  • エルボーガード MIZUNO
  • レガース MIZUNO
  • リストバンド SSK

菊池涼介選手はほとんどMIZUNOで揃えているものの、スパイクとリストバンドはSSK、サングラスはオークリーであることが確認できました。

菊池涼介選手なりのこだわりがあるのでしょうね!

特にサングラスのオークリーはプロ野球界でも人気で、ほとんどの選手がオークリーのサングラスを使用しています!

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