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野間峻祥は怪我しがち?年棒や応援歌が気になる!

50メートル走5秒7の俊足と遠投110メートルの強肩、パンチ力のある打撃が魅力な野間峻祥選手。

今回の記事では野間峻祥選手について深堀りしていきます!

目次

野間峻祥選手のプロフィール

  • 名前 野間 峻祥
  • フリガナ ノマ タカヨシ
  • 生年月日 1993年1月28日
  • 出身地 兵庫県三木市
  • 身長 180cm
  • 体重 83kg
  • ドラフト年 2014年
  • ドラフト順位 ドラフト1位
  • 経歴 三木市立自由が丘中学校-神戸村野工業高等学校-中部学院大学-広島東洋カープ

野間峻祥選手は、幼稚園時代にキャッチボールを親としていて、母親曰く「初めてキャッチボールをした際に教えてもいないのに上から投げたボールを普通にキャッチした」と語っています。

幼少期の野間峻祥選手は、泣き虫でどちらかというと引っ込み思案な性格だったのだとか。

現在のいじられキャラで明るい性格とは真逆の性格ですよね(笑)

そんな野間峻祥選手は、小学3年生のとき、地元兵庫県小野市の少年野球チームである「東自由が丘ベアーズ」で野球人生をスタートしています。

野球を始めた当初、野間峻祥選手は外野を守っていましたが、フライがキャッチできず、泣きながらフライの捕球練習を繰り返していたのだとか。

そんな野間峻祥選手でしたが、小学4年生のときには6年生のチームのピッチャーとして試合に出場していました。

試合では2学年上の6年生の相手であるのにもかかわらず、野間峻祥選手はかなり抑えていたようです。

しかし、打ち込まれると野間峻祥選手はマウンド上で泣いてしまっていたことがわかりました。

また、小学生時代は野球に夢中になっていた野間峻祥選手。

小学校から帰宅すると素振りやティーバッティングなどの自主練習を行っていたようです。

小学校を卒業後、三木市立自由が丘中学校に進学した野間峻祥選手は、硬式野球チームの神戸須磨クラブに入団。

神戸須磨クラブには、2022年まで広島東洋カープでもチームメイトだった戸田隆矢選手が1学年後輩で所属していたようです。

神戸須磨クラブはヤングリーグに属していて、チームが所有するグラウンドもあり、強豪チームでもあったとのこと。

野間峻祥選手が中学2年生のときには春夏と全国大会に出場し、夏の大会では準優勝を経験。

中学3年生でも夏に全国大会に出場し、ベスト8に進出していました。

三木市立自由が丘中学校を卒業した野間峻祥選手は、神戸村野工業高等学校に進学し野球部に入部。

神戸村野工業高等学校は、野間峻祥選手の他にも複数のプロ野球選手を輩出していて、過去には甲子園に出場した経験を持つ高校であることがわかりました!

野間峻祥選手は、神戸村野工業高等学校では、1年生のときからスターティングメンバーに名を連ねていて、1番バッターとしてチームを牽引していたようです。

3年生のときには5番バッターでチームの主軸として、守備ではセンターを守り、幼いころから強肩を誇っていた野間峻祥選手は、走攻守で貢献。

しかし、3年生の夏の県予選では、4回戦で敗退し、高校生活3年間で甲子園に出場することはありませんでした。

ですが、1年生からスターティングメンバーでチームに貢献していた野間峻祥選手は、神戸村野工業高等学校を卒業後は、岐阜県の中部学院大学に進学しています。

中部学院大学時代の野間峻祥選手は、高校時代と同様に、1年生からスターティングメンバーに選出されるほどの実力を持っていました。

そんな野間峻祥選手は、中部学院大学時代には、所属するリーグの東海地区大学野球リーグでは、下記のタイトルを獲得しています。

  • ベストナイン7回
  • 首位打者1回
  • 盗塁王2回

また、3年生、4年生のときには明治神宮大会に出場し、4年生のときには、準々決勝まで進出していました。

神宮大会では、走攻守すべて揃った外野手として注目を浴びていた野間峻祥選手。

2014年に行われたプロ野球ドラフト会議で、広島東洋カープから1巡目で指名を受け入団しました。

そして、1年目の2015年2月21日のオープン戦の初戦。

読売ジャイアンツ戦に1番ライトで出場した野間峻祥選手は、ホームランを放つなどの活躍を見せていましたが、それ以降の試合では、打撃面であまり目立った活躍は見せられませんでした。

しかし、走塁面と守備面で評価されていた野間峻祥選手は、開幕一軍を勝ち取ります。

そして、2015年3月27日の開幕戦では、代走でプロ初出場を経験。

2日後の2015年3月29日には、1番ライトでスターティングメンバーに選出されています。

打撃ではあまり結果を残すことができていなかった野間峻祥選手でしたが、代走や守備固めでの起用が多く、ルーキーイヤーの2015年は127試合に出場していました。

2016年、2017年はケガや打撃不振から一軍に登録されない日々が続きましたが、2018年には自身初の規定打席に到達し、打率.286、5本塁打、46打点、17盗塁を記録。

2022年からは野手キャプテンに就任しチームを牽引した野間峻祥は、シーズン途中にFA権を取得したものの、FA権を行使せず。

2023年の残留が決定しています!

野間峻祥選手の初記録は?

野間峻祥選手の初記録については下記のとおりです!

  • 初出場 2015年3月27日 東京ヤクルトスワローズ戦 8回裏に松山竜平選手の代走で出場
  • 初打席 2015年3月27日 東京ヤクルトスワローズ戦 10回裏にトニー・バーネット投手からセカンドフライ
  • 初スタメン 2015年3月29日 東京ヤクルトスワローズ戦 1番ライト
  • 初ヒット 2015年3月29日 東京ヤクルトスワローズ戦 1回裏に杉浦稔大投手からライトオーバーのツーベースヒット
  • 初打点 2015年4月2日 横浜DeNAベイスターズ戦 8回表に国吉佑樹投手からセンターオーバーのタイムリースリーベースヒット
  • 初ホームラン 2015年4月19日 中日ドラゴンズ戦 8回裏に浜田智博投手からライトにソロホームラン
  • 初盗塁 2015年4月3日 中日ドラゴンズ戦 10回表に二盗(投手:高橋聡文投手、捕手:武山真吾選手)

野間峻祥選手の背番号は?

野間峻祥選手は入団当初から2022年現在まで背番号「37」をつけてプレイしています。

野間峻祥選手は、2014年のドラフト1巡目で指名されていますが、翌年の2015年から緒方孝市元監督が広島東洋カープを指揮することが決定していました。

そんな緒方孝市元監督が新人時代につけていた背番号「37」を野間峻祥選手は受け取ります。

2019年にはチームの主軸として活躍していた丸佳浩選手のFA移籍にともない、読売ジャイアンツから長野久義選手が人的補償として広島東洋カープに移籍が決定したときのこと。

長野久義選手は、球団から丸佳浩選手がつけていた背番号「9」を打診されましたが、「背番号9は将来野間につけてほしい」と断っていたようです。

しかし、2022年のシーズン途中に加入した秋山翔吾選手が背番号「9」を背負うこととなりました。

野間峻祥選手の応援歌は?

野間峻祥選手の応援歌の歌詞は下記のようになっています。

「鋭い打球飛ばせ 自慢の俊足魅せろ 赤い流星のように 走れ峻祥」

野間峻祥選手は、俊足で強肩の持ち主ですが、打撃面でもパンチ力のある打撃を見せています。

そのため、上記のような歌詞が使用されていることがわかりますね!

野間峻祥選手の歴代登場曲は?

野間峻祥選手がデビュー年からあ2022年現在まで使用してきた登場曲について調べてみました!

  • 「Dragostea Din Tei」O-Zone(2015-2018)
  • 「Numa Numa 2 (feat. Marley Waters)」ダン・バラン(2019-)

野間峻祥選手は、デビューした2015年から2018年までは2004年に日本でも大ヒットしたO-Zoneの「Dragostea Din Tei」(日本では恋のマイアヒ)のサビ部分を使用していました!

「ノマノマイエイ」は野間峻祥選手にピッタリの登場曲ですね(笑)

ちなみにこの登場曲は、チームメイトである菊池涼介選手が選曲していたようです。

2019年からは、O-Zoneのボーカルであるダン・バランのソロの「Numa Numa 2 (feat. Marley Waters)となっていますが、曲自体は変わっていません。

野間峻祥選手の契約金・年棒は?

野間峻祥選手は、2014年ドラフト1位で広島東洋カープに契約金1億プラス出来高払いの5千万円、年俸1,500万円で入団しました。

ルーキーイヤーの2015年はセ・リーグ2位の6本のスリーベースやセ・リーグ4位の6捕殺などといった活躍から、2015年の契約更改で年俸200万円アップの1,700万円に。

翌年2016年は21試合の出場に留まったこともあり、300万円ダウンの1,400万円となります。

2017年は、代走や守備固めとして98試合に出場したこともあり、200万円アップの1,600万円となりました。

2018年には、自身2年ぶりの開幕一軍入りを果たすと、2018年4月21日にスターティングメンバーとして出場し、猛打賞を記録した試合以降、打撃能力が開花します。

シーズン途中には打率が3割を大きく上回り、一度は登録抹消されていますが、再登録後も3割近くをキープしていました。

結果的に、打率3割には到達できませんでしたが、126試合に出場し、規定打席に到達した野間峻祥選手は、契約更改で1,800万円アップの3,400万円が提示されています。

2020年も同じく3,400万円でしたが、2020年、2021年と出場試合数を大きく減らしてしまった影響もあり、2020年のシーズンオフには400万円ダウンの3,000万円に。

2021年は100万円アップとなり、2022年は3,100万円となっています。

野間峻祥選手のドラフトの評価!

野間峻祥選手は、広島東洋カープの東海地区のスカウトを担当していた松本有史さんによって指名されました。

野間峻祥選手は、各球団の担当スカウトからは、「柳田のような長打力と足がある選手」「将来は全盛期の福留のような選手になりそう」「3割30本30盗塁を達成できるのでは」とかなり高い評価であったようです!

さらに、2014年のドラフト会議のとき、広島東洋カープは、1位指名に有原航平(現・テキサス・レンジャーズ)選手を指名していました。

しかし、指名権を獲得できず、外れ1位に野間峻祥選手を指名しています。

そのとき、2015年から広島東洋カープを指揮することが決定していた緒方孝市元監督は下記のように語っていました。

「外れ1位は投手をお願いしていたが、野間の映像を見て感じるものがあり、一目惚れした」「野間を見てからはこの選手をほしいという思いが強かった」「もしくじを外した場合は野間で行ってほしいとお願いしていた」

野間峻祥選手の野球道具は?

2022年シーズンで野間峻祥選手が使用していた野球道具のメーカーについて調べてみました!

  • サングラス オークリー
  • スパイク アシックス
  • グローブ アシックス
  • バット アシックス
  • バッティンググローブ アシックス
  • エルボーガード アシックス
  • レガース アシックス
  • リストバンド アシックス

野間峻祥選手は、サングラス以外の野球道具をアシックスで統一していることがわかりました!

中でも、野間峻祥選手は、スパイクにこだわりを持ち、毎年のシーズンオフに足の型をとり、その型をもとに野間峻祥選手のオリジナルのスパイクを作ってもらっているのだとか。

また、過去のインタビューで、野間峻祥選手は、特にこだわっている野球道具については「グローブ」と語っており、「2年目から使っていて取りやすい」とコメントしていました!

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