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松山竜平の守備が酷い?年棒や応援歌を調査!

勝負強いバッティングとバットコントロールを持ち、最近では試合を決定づける場面で代打の切り札として起用されることが多い松山竜平選手。

この記事では松山竜平選手について深堀りしていきます!

目次

松山竜平選手のプロフィール

  • 名前 松山 竜平
  • フリガナ マツヤマ リュウヘイ
  • 生年月日 1985年9月18日
  • 出身地 鹿児島県曽於郡大崎町
  • 身長 176cm
  • 体重 100kg
  • ドラフト年 2007年
  • ドラフト順位 大学生・社会人ドラフト4位
  • 経歴 大崎町立大崎小学校-大崎町立大崎中学校-鹿屋中央高等学校-九州国際大学-広島東洋カープ

松山竜平選手は小学3年生のとき、地元大崎町のソフトボールチームに入団し野球人生がスタートしました。

始めた当初は右投げ右打ちだった松山竜平選手。

しかし、ソフトボールスポーツ少年団の監督で、中日ドラゴンズや阪神タイガースで活躍した福留孝介選手を育てた実績のある新留勝郎さんの助言によって左打ちに転向しています!

そして、松山竜平選手が小学校6年生のとき、チームはソフトボールの全国大会で優勝。

ソフトボールチームでは、キャッチャーを務めていた松山竜平選手は、大崎町立大崎小学校を卒業後、大崎町立大崎中学校に進学します。

中学校の野球部ではなく、硬式野球チームでヤングリーグに所属する「鹿屋ビッグベアーズ」に入団。

ここでソフトボールから野球に転向しているんですね。

3年間鹿屋ビッグベアーズで練習や試合に出場していた松山竜平選手は、大崎町立大崎中学校を卒業後は鹿屋中央高等学校に進学しました。

鹿屋中央高等学校は、現役プロ野球選手では松山竜平選手の他にも、横浜DeNAベイスターズの戸柱恭孝選手や阪神タイガースの鈴木勇斗選手などを輩出しています!

2014年には夏の甲子園に出場した経験を持つ高校です。

松山竜平選手は、鹿屋中央高等学校では1年生からエースピッチャーで4番を任されていました。

そんな松山竜平選手は、3年生の春には50m走がこれまで6秒5だったのに対して3年生の夏には6秒0に。

遠投も3年生の春は100mだったのに対して3年生の夏には123mを記録するなどかなり成長したようです。

普段の練習から手を抜かず、努力していたのでしょうね!

しかし、鹿屋中央高等学校の3年間で春夏通して甲子園に出場することはありませんでした。

鹿屋中央高等学校を卒業後は福岡県の九州国際大学に進学。

九州国際大学時代の松山竜平選手は1年生の春からリーグ戦に出場していました。

2007年6月に行われた全日本大学野球選手権大会の2回戦で早稲田大学と対戦した九州国際大学。

松山竜平選手は早稲田大学戦で当時有名投手だった斎藤佑樹選手からツーベースヒットを放ち、スカウトから注目を浴びていました!

その後も九州国際大学で試合に出場し、活躍し続けた松山竜平選手は、4年間で下記のタイトルを獲得しています。

  • 首位打者2回
  • 本塁打王1回
  • 打点王3回

上記のタイトル以外にも通算安打数が122本で九州六大学リーグの新記録を樹立。

大学通算打率が.412、通算三振数18(1試合平均が0.24個)であったとのこと。

かなり打撃で貢献していたことがわかりますね!

大学時代に目立った活躍が多かったこともあり、2007年11月19日のプロ野球大学生・社会人ドラフト会議にて広島東洋カープに4巡目で指名されました。

2008年のルーキーイヤーでは、開幕一軍入りはならなかったものの、二軍で活躍し続け、開幕から約1ヶ月後に一軍初昇格。

一軍では2打席の代打を経験した後に再び二軍へ降格しますが、2008年の二軍戦では4番に定着していました。

二軍では打撃での貢献度が高く、ウエスタンリーグの打点王を獲得。

2009年、2010年はケガや不振により、一軍出場はありませんでしたが、2011年には68試合に出場し、プロ初ホームランや自身初の猛打賞などを記録しています。

2013年には一軍に定着し、規定打席には未到達ながら打撃でチームの勝利に貢献していました。

2018年には124試合に出場し、プロ11年目で初めて規定打席に到達した松山竜平選手は、打撃では打率.302、74打点、12本塁打と好成績を残して、広島東洋カープのリーグ3連覇に貢献。

2018年のシーズン途中にFA権を取得していた松山竜平選手でしたが、シーズンオフにFA権を行使することなく残留しました。

2019年以降は不振やケガの影響から代打を任されることが多くなってきた松山竜平選手ですが、勝負強い打撃で試合を決定づける一打が期待されています!

松山竜平選手の初記録は?

松山竜平選手の初記録について見ていきましょう。

  • 初出場・初打席 2008年4月24日 東京ヤクルトスワローズ戦 6回裏に大竹寛投手の代打で出場、萩原淳投手からセカンドゴロ
  • 初ヒット 2011年5月26日 埼玉西武ライオンズ戦 8回裏にブライアン・バリントン投手の代打で出場、牧田和久投手からレフト前ヒット
  • 初スタメン 2011年5月31日 東北楽天ゴールデンイーグルス戦 9番指名打者
  • 初ホームラン・初打点 2011年6月9日 埼玉西武ライオンズ戦 6回表に涌井秀章投手からライトへ2ランホームラン
  • 初盗塁 2012年5月12日 中日ドラゴンズ戦 2回裏に二盗(投手:岩田慎司投手、捕手:谷繁元信選手)

松山竜平選手は、ルーキーイヤーの2008年にプロ初出場を経験していましたが、そこから約3年間の年月を経て初ヒットや初ホームランなどを記録していたことがわかりました!

松山竜平選手の背番号は?

松山竜平選手はこれまでに背番号「37」「44」「55」をつけてきています。

2007年ドラフト4巡目で指名された松山竜平選手は背番号「37」を受け取った際に「背番号37を永久欠番にできるようにしたい」と意気込みを語っていました。

2014年オフには2014年にドラフト1位指名された野間峻祥選手に背番号「37」を譲り、松山竜平選手は背番号「44」に変更。

背番号「44」に変更した際に松山竜平選手は「クビになることも覚悟していた」「背番号が変わることで他のことも変わればいいな、変えたいなと思っていた」と心境を語っています。

背番号「44」に変更した松山竜平選手は打撃が開花し、月刊MVPを獲得したり自身初の規制打席に到達したりなど。

出場試合数も100試合以上に出場するなどチームの勝利に大きく貢献していました。

そして、2018年のシーズンオフにFA権を行使せずに残留した際に背番号「44」から背番号「55」に変更しています。

背番号「55」に変更した理由について、松山竜平選手は下記のようにコメントしていました。

「同じ左打者で松井秀喜さんがずっと好きだったこともあり、少しでも近づけたらと思って」「嶋重宣(西武二軍野手コーチ)さんやエルドレッドも個人的に仲が良かったからその後につけるのは俺しかいないだろと思った」

松山竜平選手は自身のあこがれの選手や先輩、仲が良かった同僚の意思を受け継いで背番号「55」に変更したことがわかりますね!

松山竜平選手の応援歌は?

松山竜平選手の応援歌ですが、歌詞は下記のとおりです!

「闘志を燃やし 鋭く振り抜け さあかっとばせ さあ打ちまくれ 我等の松山」

松山竜平選手は勝負強い打撃の持ち主ということもあり、「鋭く振り抜け」「打ちまくれ」など打撃に関する歌詞になっています!

松山竜平選手の歴代登場曲は?

松山竜平選手が2008年から2022年現在までに使用してきた登場曲について調べてみました!

  • 「アンパンマンマーチ」ドリーミング
  • 「アンパンマンたいそう」ドリーミング
  • 「Lemon」米津玄師
  • 「BRAVE」嵐
  • 「Get Myself Back」安室奈美恵
  • 「Radioactive」Imagine Dragons
  • 「アンコール」YOASOBI
  • 「DUN DUN」EVERGLOW
  • 「もしも命が描けたら」YOASOBI
  • 「努努-ゆめゆめ-」ONE OK ROCK

松山竜平選手は大学3年生のときに先輩から「アンパンマン」と呼ばれていました。

広島東洋カープに入団後も松山竜平選手自身が「アンパンマンで僕の名前を覚えてくれるなら喜んで呼ばれたい」とカープファンにも呼びかけています。

そのため、登場曲もアンパンマンに関する曲を使用していたようです!

松山竜平選手の契約金・年棒は?

松山竜平選手は、2007年11月26日に契約金5,000万円、年俸1,000万円で広島東洋カープと契約を結んでいます。

2008年から2023年までの松山竜平選手の年俸推移については下記のとおりです。

  • 2008年 1,000万円
  • 2009年 900万円
  • 2010年 750万円
  • 2011年 650万円
  • 2012年 1,100万円
  • 2013年 1,100万円
  • 2014年 2,200万円
  • 2015年 2,300万円
  • 2016年 2,800万円
  • 2017年 4,000万円
  • 2018年 6,500万円
  • 2019年 1億円
  • 2020年 8,500万円
  • 2021年 9,000万円
  • 2022年 7,500万円
  • 2023年 6,500万円

松山竜平選手は、2008年から2010年までは一軍に合計2試合の出場に留まり、年俸も3年連続でダウン提示をされていました。

2011年には68試合に出場したことや打率.270、3本塁打の成績を残し、年俸も450万円アップします。

2013年には規定打席には到達できなかったものの、123試合に出場し、打率.282、10本塁打、52打点を記録したため、2013年オフの契約更改でこれまでの1,100万円から倍の2,200万円に。

2017年には主に5番でスターティングメンバーとして選出されることも多く、9月には月間MVPを獲得し、一時は鈴木誠也(現シカゴ・カブス)選手のケガによる離脱で松山竜平選手は4番を任されていました。

最終的に規定打席には到達できませんでしたが、120試合に出場し、打率.326、77打点、14本塁打を記録し、年俸が2,500万円アップ。

2018年はシーズンのほとんどの試合で5番を任され、勝負強い打撃を見せていたこともあり、規定打席に到達しました。

成績も124試合に出場し、打率.302、74打点、12本塁打と広島東洋カープのセ・リーグ3連覇に貢献。

その他にもFA権を取得したこともあり、2018年のシーズンオフの契約更改では3,500万円アップで、自身初の1億円に到達しています。

2018年以降は不振やケガ、外国人の加入などにより出場機会が限られていった松山竜平選手は、4年連続で年俸がダウンしていることがわかりました。

松山竜平選手の野球道具は?

2022年の試合で松山竜平選手が使用していた野球道具のメーカーについて詳しく調べてみたのでご覧ください。

  • サングラス オークリー
  • スパイク ザナックス
  • グローブ ザナックス
  • バット ザナックス
  • バッティンググローブ ザナックス
  • エルボーガード ザナックス
  • レガース ザナックス
  • リストバンド ザナックス

松山竜平選手はサングラス以外の野球道具すべてをザナックスで統一していることがわかりました!

松山竜平選手はザナックスとアドバイザリー契約を結んでいるため、野球道具はザナックスで統一しています。

松山竜平選手はザナックスのバットについて「ザナックスさんは僕の要望にすごく答えてくれる」とコメント。

バットのこだわりについて松山竜平選手は「木材はタモでボールがひっつくような感覚が強くボールをはじくよりも運ぶのが僕のバッティングスタイルだと思っているからタモが合っていると感じた」と語ります。

また、「タモは細かい木目がきれいに見える」「メープルだとこういう木目にならないし、ホワイトアッシュだと太くなる」「試合ではタモの木目がきれいでまっすぐなものを使用している」と他の木材との違いについてこだわりを語っていました。

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