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會澤翼選手の盗塁阻止率や年棒、応援歌は?

近年のプロ野球では少ない打てるキャッチャーのうちの一人で、日本代表に選出され、優勝に貢献した経験を持つ會澤翼選手。

今回は會澤翼選手について深堀りしていきたいと思います!

目次

會澤翼選手のプロフィール

  • 名前 會澤 翼
  • フリガナ アイザワ ツバサ
  • 生年月日 1988年4月13日
  • 出身地 茨城県日立市
  • 身長 175cm
  • 体重 89kg
  • ドラフト年 2006年
  • ドラフト順位 高校生ドラフト3位
  • 経歴 日立市立成沢小学校-日立市立中里中学校-水戸短期大学附属高等学校(現・水戸啓明高等学校)-広島東洋カープ

會澤翼選手は、両親と兄2人の5人家族の末っ子として誕生し、両親からは自由に育てられ、可愛がられていたようですが、その一方で「男としてのプライドは持っていないといけない」といわれて育てられたそうです。

また、2人の兄とは年が離れていて、礼儀作法を徹底的に教育され、厳しくしつけされていたことから、會澤翼選手は幼少時代には2人の兄に対して敬語を使っていたと語っています。

會澤翼選手が野球を始めたのは小学3年生のとき。

地元の茨城県日立市の少年野球チームである「助川野球少年団」(現・日立イーグルス野球スポーツ少年団)に入団し、野球人生がスタートしました。

野球を始めてすぐにキャッチャーを守り始めた會澤翼選手。

キャッチャーを始めたきっかけについて會澤翼選手は「チームのみんなが誰もキャッチャーをやろうとしなかったから」「プロテクターがかっこいいから」と語っています。

小学生の會澤翼選手はかなりの強肩で、小学6年生のとき、ソフトボール投げで日立市の記録を更新するほどだったのだとか。

日立市立成沢小学校を卒業後、日立市立中里中学校に進学し、中学校の野球部に入部。

中学校の市内の大会では、盗塁を許したことがなく、相手チームのランナーが盗塁を仕掛けてきた際にはすべて會澤翼選手が盗塁を阻止していたようです!

中学3年生の10月、当時水戸短期大学附属高等学校の監督だった齋藤博久さんは、會澤翼選手を見て「とにかく肩が強くてガッチリした体格が印象に残った」とコメント。

続いて「中学3年生のときはピッチャーをやっていたが、当時水戸短期大学附属高等学校にはキャッチャーがあまりいなく、彼がキャッチャーをやったらおもしろいだろうなと感じた」と會澤翼選手をキャッチャーとして評価していました!

日立市立中里中学校を卒業後、水戸短期大学附属高等学校に進学し、野球部に入部した會澤翼選手。

入部してから齋藤博久さんにキャッチャーの極意を学び、打撃のセンスも持ち合わせていたことから、1年生の夏からベンチ入りを果たします。

1年生の秋にはレギュラーキャッチャーとして、先輩で元中日ドラゴンズの春田剛さんと打線の中軸を任せられていました。

高校3年生の春には、当時早稲田実業のピッチャーでプロ野球のスカウトに注目されていた元北海道日本ハムファイターズの斎藤佑樹さんと練習試合で対決した會澤翼選手。

試合では斎藤佑樹さんからツーベースヒットを含む2安打を記録しています!

3年間を通じて甲子園に出場はできませんでしたが、恵まれた打撃センスとキャッチャー能力の高さから、1年生のときにすでに複数球団が會澤翼選手を注目していたようです。

その結果、2006年9月25日に行われた2006年の高校生ドラフト会議で広島東洋カープから3巡目で指名を受けました。

ドラフト会議で指名された際、會澤翼選手は水戸短期大学附属高等学校で行われた会見では、短ランとボンタン姿で現れ、関係者や報道陣を驚かせたようです(笑)

入団してから数年間、會澤翼選手はケガが相次ぎ、一軍での出場はありませんでした。

一軍初登録となったのはプロ3年目の2009年5月25日。

その2日後の2009年5月27日、対千葉ロッテマリーンズ戦の代打で一軍初出場を果たしました。

2009年は一軍に定着こそならなかったものの、二軍で53試合に出場し、打率.337、5本塁打、30打点、長打率.580、出塁率.409、守備率.996の好成績を記録。

2010年以降もスタメン獲得とはならず、2012年には高い長打力を生かしたいというチーム方針から外野手としての出場も経験していました。

本格的にキャッチャーとしてレギュラーになったのは、2014年。

5月に一軍再昇格を果たすと、当時広島東洋カープのレギュラーキャッチャーだった石原慶幸さんのケガや他のキャッチャーの打撃低迷もあり、會澤翼選手がレギュラーとして先発出場する機会が増えていきます。

規定打席には到達していないものの、3割を超えるほどの高い打率を残していたことから、7月以降はレギュラーキャッチャーとして定着していきました!

會澤翼選手の初記録は?

會澤翼選手の初記録について調べてみました!

  • 初出場、初打席 2009年5月27日 千葉ロッテマリーンズ戦 7回裏に前田健太投手の代打で出場し綿投げ俊介投手からセカンドゴロ
  • 初スタメン 2009年7月15日 横浜ベイスターズ戦 8番キャッチャー
  • 初ヒット 2009年7月15日 横浜ベイスターズ戦 5回裏に寺原隼人投手からライト前ヒット
  • 初打点 2009年7月18日 東京ヤクルトスワローズ戦 2回裏に由規投手からレフト線に落ちるタイムリーツーベースヒット
  • 初ホームラン 2010年9月5日 阪神タイガース戦 7回裏に久保田智之投手からセンターに2ランホームラン
  • 初盗塁 2016年8月21日 東京ヤクルトスワローズ戦 2回裏に二盗(投手:山中浩史投手、捕手:西田明央選手)

上記のように、2009年にほとんどの記録を経験していることがわかりますね!

會澤翼選手の背番号は?

會澤翼選手は広島東洋カープに入団当初は背番号「64」でしたが、2015年からは背番号「27」をつけてプレイしています。

2006年の高校生ドラフト会議で3巡目に指名を受け、背番号「64」を受け取りました。

その後、2014年後半からはレギュラーキャッチャーとして活躍すると、2014年の秋季キャンプが行われている中で2015年から背番号「27」を背負うということを発表。

広島東洋カープの背番号「27」はミスター赤ヘルと呼ばれ、広島東洋カープの有名選手であった山本浩二さんが広島東洋カープに入団して最初に背負っていた背番号です。

そのため、球団としては會澤翼選手に山本浩二さんに肩を並べるような活躍をしてほしいという期待を込めていたのではないでしょうか!

會澤翼選手は背番号「27」に変更するという発表に「背番号に見合う選手になりたい」「1年といわず2015年は必ずレギュラーを掴む」と意気込みを語っていました。

また、2019年11月に行われた第2回WBSCプレミア12の日本代表に選ばれた際にも背番号「27」をつけて、日本代表の初優勝に貢献しました!

會澤翼選手の応援歌は?

會澤翼選手の応援歌と歌詞については下記のとおりです!

「いざ大空へ翔ばたけ 熱い想い乗せ 勝利へ導く一打 決めろよ翼」

會澤翼選手は2014年のシーズン途中からレギュラー捕手として活躍。

そして、翌年の2015年のシーズン開幕前に広島東洋カープの応援団から會澤翼選手専用の応援歌が発表されました!

歌詞の中には、會澤翼選手の名前「翼」にかけて、「大空へ翔ばたけ」という歌詞が入っています!

會澤翼選手の歴代登場曲は?

會澤翼選手がこれまでに使用してきた歴代の登場曲を紹介していきます!

  • 「女々しくて」ゴールデンボンバー
  • 「ロケットハナビ」TUBE
  • 「Get Wild」TM NETWORK
  • 「How Far I’ll Go」Auli’i Cravalho
  • 「Butter-Fly」和田光司
  • 「Be cool!」野猿

會澤翼選手は入団から2022年現在までさまざまな登場曲を使用してきていることがわかりました!

また、2022年は打席ごとで「Get Wild」「Butter-Fly」「Be cool!」を使い分けていたようです!

會澤翼選手の契約金・年棒は?

會澤翼選手は2006年の高校生ドラフト会議の3巡目に指名を受け、契約金4,000万円で広島東洋カープと契約を交わしました!

年俸については、下記のように変動しています。

  • 2007年 500万円
  • 2008年 500万円
  • 2009年 500万円
  • 2010年 650万円
  • 2011年 800万円
  • 2012年 800万円
  • 2013年 800万円
  • 2014年 900万円
  • 2015年 1,900万円
  • 2016年 2,300万円
  • 2017年 2,800万円
  • 2018年 5,000万円
  • 2019年 9,200万円
  • 2020年 1億8,000万円
  • 2021年 1億8,000万円
  • 2022年 1億8,000万円

會澤翼選手は入団してから2008年までは度重なるケガの影響もあり、一軍に昇格できませんでした。

2009年に初めて一軍を経験し、二軍でも好成績を残したことから、2010年からは150万円アップの650万円に。

2014年にはシーズン後半からレギュラーを獲得したこともあり、1,000万円アップしました!

2017年は交流戦までは石原慶幸さんと併用されていたものの、交流戦で打率.311を記録したことにより、交流戦以降レギュラーに固定され、ベストナインに選出。

年俸も2,200万円アップしています。

2018年は選手会長に就任し、シーズン終盤まで規定打席未到達ながらも3割を超えるほどの好成績と2蓮連続でベストナインを受賞したことから、4,200万円アップしました。

2019年には国内FA権を獲得した會澤翼選手はFA権を行使することなく、3年契約の年俸1億8,000万円で広島東洋カープに残留しています!

會澤翼選手の同期は?

會澤翼選手は2006年に高校生ドラフト会議にて指名を受けていますが、ここからは2006年にドラフト会議にて指名を受けた選手を高校生、大学社会人などに分けて紹介していきます!

希望入団枠獲得選手

宮崎 充登(ミヤザキ ミチト)智弁和歌山高-ホンダ鈴鹿 177cm 86kg 右投げ右打ち

大学生・社会人ほか

1巡目(選択権なし)

2巡目(選択権なし)

3巡目

上野 弘文(ウエノ ヒロフミ)樟南高-トヨタ自動車 176cm 83kg 右投げ左打ち

4巡目

青木 高広(アオキ タカヒロ)岐阜商業高-愛知大-日産自動車 187cm 85kg 左投げ左打ち

5巡目

中東 直己(ナカヒガシ ナオキ)広島工業高-東亜大-JR西日本-ホンダ鈴鹿 168cm 73kg 右投げ左打ち

高校生

1巡目

前田 健太(マエダ ケンタ)PL学園高 185cm 84kg 右投げ右打ち

2巡目(選択権なし)

3巡目

會澤 翼(アイザワ ツバサ)水戸短大附高 175cm 89kg 右投げ右打ち

育成

1巡目

山中 達也(ヤマナカ タツヤ)丸亀城西高 178cm 78kg 左投左打ち

2006年のドラフト指名選手は會澤翼選手以外では、2022年現在メジャーリーグのミネソタ・ツインズに所属する前田健太選手がいます!

前田健太選手以外の選手は會澤翼選手を除く選手全員が現役を引退していることがわかりました。

會澤翼選手のドラフトの評価!

會澤翼選手は2022年現在、広島東洋カープのスカウト統括部長を務め、北海道・東北・関東地区を担当していた苑田聡彦さんにより指名されました。

苑田聡彦さんは、金本知憲さんや黒田博樹さんといった広島東洋カープで活躍した選手をスカウトし入団させた敏腕スカウトとしても知られています!

苑田聡彦さんは、會澤翼選手を見て「ピッチャーへのリードが素晴らしく『ここに投げれば大丈夫』という雰囲気を出してチームを引っ張っていた」「ピッチャーのみならず内野手にも的確な指示を出していた」と評価していました!

會澤翼選手の野球道具は?

2022年の會澤翼選手が試合で使用していた野球道具のメーカーについて調べてみたところ、下記のメーカーを使用していることがわかりました!

  • キャッチャー道具 MIZUNO
  • サングラス オークリー
  • スパイク MIZUNO
  • グローブ MIZUNO
  • バット MIZUNO
  • バッティンググローブ MIZUNO
  • エルボーガード MIZUNO
  • レガース MIZUNO
  • リストバンド MIZUNO

會澤翼選手は2016年からMIZUNOのブランドアンバサダーに就任し、サングラス以外のすべての野球道具をMIZUNOで統一しています!

一方で、サングラスは他のプロ野球選手も数多く使用しているオークリーのサングラスを使用していることがわかりました!

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